ウンコとおならの微妙なカンケイ
人は何故ウンコとおならを区別できるのか?
http://hugo-sb.way-nifty.com/hugo_sb/2004/09/post_33.html
…確かに。普通に考えたら、腸内にウンコがギッチギチに溜まっていようが、ガスがパンパンに溜まっていようが、同じ「大腸の飽満感」という刺激しか受けなそうだけど、なんでウンコかおならかって判別できているんだろう!? …リンク先の記述によると、人間には、腸内に溜まっている物質が気体か固体かを感知する感覚器官があるんだそうで…。へぇ~ッ、よくできているもんだなぁ。人間ってアナルの中まで精密に出来てるんだね。
なぁ~んて感心したのもつかの間、ここで一つの疑惑が脳内に浮かんだ…。
「ボクにはその感覚器官は装備されていないんじゃなかろうか…」
よくよく考えてみたら「なんでウンコとおならが判別できてるんだろう?」なんで疑問を抱いてる場合じゃないのだ。…ボク、全然判別できてないよッ!
部屋でパンツ一丁でくつろいでいる時に「ああ~なんかお腹張ってるなぁ~、…おならかな? 幸い誰もいないし…、思いっ切りブッ放しちゃえッ!」とばかりに、完全に気ィ抜いて、下っ腹に「ふんぬ」と力を入れたら、ブーッ! …っと豪快に放屁する予定が、何かニョロリ…とか出ちゃって、ちょっと立ち上がればすぐに便所があるという場所で思いっ切りウンコもらしちゃったり…。
逆に、死ぬほどウンコ漏れそうで、右と左の尻でガッチリ肛門をロックして、必死の形相で便所に駆け込み「ハァ~…、なんとか漏らさずに済んだ…」と思って、おもむろに脱糞しようとしたら、プッスぅ~…という人を小馬鹿にしたような屁しか出なかったり…。ボク、部屋に一人でいる時は全裸or半裸で生活していることが多いんだけど、そんな時におならするのなんて相当の覚悟がいるもんね。わざわざ屁ェこくたびに便所に行くなんてめんどくさいし、かといって判断を間違って、おなら気分でウンコを発射しちゃった日には…じゅうたんの上にウンコという悲劇的な状況が生み出されてしまうし…。本当にボクのウンコ・おなら・セレクト装置は大丈夫なんだろうか!?
…つーかそもそも、ボクの肛門は、今どれくらいの量のウンコが溜まっているのか…という事すら判別できない不良品だからなぁ~。一分前までは全く便意を感じていなかったのに、一分後にいきなりメルトダウン寸前、大腸の九割方ウンコ…といった危機的エマージェンシーコールが響き渡ったりしているし。ホント、これには参っている。せめて、ウンコ腹八分目くらいの段階から徐々にウンコ警報を鳴らしてくれていれば、まだ便所を探して駆け込む余裕もあるだろうに、段階踏まずにいきなり「あと三歩歩いたら漏れますよ~」って言われても、もうその場で途方に暮れてウンコ漏らしちゃうしかないもんな…。
この欠陥肛門が、手術かなんかで治るもんなら、ホントに切実に治したい…。他人の肛門を移植することで治るんだったら、ホント切実に肛門ドナー登録を待ちたい…。それ程深刻な悩みなのだ。だって、30歳も近いっつーのに、半泣き&下半身丸出しで、自らのウンコ付きパンツを風呂場で洗ってる姿なんて…誰かに見られたら本気で死にたいもん…。







